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東京高等裁判所 平成10年(ネ)5161号 判決 2000年7月13日

控訴人

昭和電工株式会社

代表者代表取締役

【A】

控訴人

扶桑薬品工業株式会社

代表者代表取締役

【B】

控訴人両名訴訟代理人弁護士

品川澄雄

吉澤敬夫

補佐人弁理士

【C】

被控訴人

テルモ株式会社

代表者代表取締役

【D】

被控訴人

田辺製薬株式会社

代表者代表取締役

【E】

被控訴人両名訴訟代理人弁護士

田倉整

松尾翼

奥野泰久

内田公志

西村光治

補佐人弁理士

【F】

主文

一  本件各控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人テルモ株式会社は、別紙物件目録一及び二記載の輸液用袋を製造し、これを使用した輸液製品を製造し販売してはならない。

3  被控訴人田辺製薬株式会社は、前項記載の輸液用袋を使用した輸液製品を製造し、販売してはならない。

4  被控訴人らは、それぞれ、その本店、支店、営業所、工場及び倉庫に保有する第2項の輸液用袋及びこれを使用した輸液製品を、いずれも廃棄せよ。

5  被控訴人テルモ株式会社は、控訴人ら各自に対し、金五億七二〇〇万円及びこれに対する平成八年三月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

6  被控訴人田辺製薬株式会社は、控訴人ら各自に対し、金五五五〇万円及びこれに対する平成八年三月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

7  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

8  第2ないし第6項につき仮執行宣言

二  被控訴人

主文と同旨

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示(五頁二行ないし二七頁二行。ただし、二五頁四行ないし二七頁二行(「三 被告らの主張」と「四 被告らの主張に対する認否」)を後記二5及び一5のとおり改める。)と同一であるから、これを引用する。なお、当裁判所も、「構成要件①」、「本件発明」、「イ号袋」、「ロ号袋」及び「本件公報」等の用語を、原判決の用法に従って用いる。

一  当審における控訴人らの主張の要点

1  原判決の判断について

原判決は、本件発明の構成要件①の「低密度ポリエチレン」は架橋されていない低密度ポリエチレン(以下「非架橋低密度ポリエチレン」という。)を意味し、構成要件②の「エチレン酢酸ビニル共重合体」は架橋されていないエチレン酢酸ビニル共重合体(以下「非架橋エチレン酢酸ビニル共重合体」という。)を意味し、いずれも架橋したものを含まない旨判断した。しかし、右判断は、以下に述べるとおり、誤っている。

(一) 本件発明の構成要件①及び②の解釈について

本件発明の構成要件①の「低密度ポリエチレン」は、架橋された低密度ポリエチレンを含み、構成要件②の「エチレン酢酸ビニル共重合体」は、架橋されたエチレン酢酸ビニル共重合体を含むと解するべきである。

(1) ポリエチレンは、エチレンを主体とする重合体の総称であり、高分子化合物に架橋を施しても、その分子構造は架橋部分を除き変化しないものである以上、架橋されていないエチレンの重合体が架橋されてもエチレンの重合体でなくなるわけではないから、架橋された低密度ポリエチレン(以下「架橋低密度ポリエチレン」という。)も、依然として「低密度ポリエチレン」である(なお、後述のとおり、エチレン酢酸ビニル共重合体のうち酢酸ビニルの含量が七重量パーセント以下のものはポリエチレンの範疇に属する。イ号袋及びロ号袋の内外側部は、酢酸ビニルの含量が七重量パーセント以下であり、密度が〇・九三〇グラム/立方センチメートル以下であるから、構成要件①の「低密度ポリエチレン」に該当する。)。同様に、架橋されていないエチレン酢酸ビニル共重合体が架橋されてできたもの(以下「架橋エチレン酢酸ビニル共重合体」という。)も、エチレンと酢酸ビニルの共重合体でなくなるわけではないから、依然として「エチレン酢酸ビニル共重合体」である。

(2) 国内外の技術文献でも、架橋ポリエチレンはポリエチレンの一種として取り扱われており、黙ってポリエチレンといえば、その中に架橋ポリエチレンも含まれることは技術常識である。原判決は、高分子化学に関する辞典、専門書においては、架橋ポリエチレンは、ポリエチレンとは別の項目を立てて記載されている例が多いことが認められるとしているが、これらにおいて別項目とされているのは、説明の便宜からのことにすぎず、このことは、「架橋ポリエチレン」が「ポリエチレン」ではないことを意味するものではない。

また、医療関係者の間に広く頒布されている医療用プラスチック容器に関する文献(甲第五六、第五七号証、乙第三六号証)によれば、エチレン酢酸ビニル共重合体製の袋は、架橋の有無にかかわらず同一の製品として認識されていることが認められる。医療分野において、非架橋エチレン酢酸ビニル共重合体と架橋エチレン酢酸ビニル共重合体とが、別物質と認識されていないことは、このことからも明らかである。

(3) 高分子化合物に架橋を施すことによって耐熱性等を向上させることは本件特許出願前、既に周知、慣用の技術であったから、本件発明の特許請求の範囲も右周知技術を前提として記載されているとみるべきである。本件公報には、本件発明の構成要件①の「低密度ポリエチレン」から架橋低密度ポリエチレンが排除されるとも、構成要件②の「エチレン酢酸ビニル共重合体」から架橋エチレン酢酸ビニル共重合体が排除されるとも記載されておらず、かえって、「前記特性に実用上支障をもたらさない範囲で、低密度ポリエチレンは変性(中略)してもよい。」(3欄4行ないし7行)、「前記特性に実用上支障をもたらさない範囲で、エチレン酢酸ビニル共重合体(中略)は変性(中略)してもよい。」(3欄17行ないし22行)と記載されている。この記載の趣旨を、本件発明の「低密度ポリエチレン」及び「エチレン酢酸ビニル共重合体」には、素材そのままのものだけではなく、これに何らかの公知手段による加工が施され、実用上支障をもたらさない範囲で、その特性に変化が与えられているものも含まれる、ということ以外に理解するのは困難である。そして、当技術分野において架橋は「変性」の一態様であると取り扱われてきているから、ここにいう「変性」には、架橋による変性も含まれることになる。

(4) 原判決は、架橋されたものが本件発明の構成要件①、②に含まれないとみるべき根拠として、本件発明の特許出願前の公開特許公報(甲第一六ないし第一八号証、第三六号証の一ないし六)においては、ポリエチレン等につき、これらを架橋することにより、架橋がなければ得られないような耐熱性等の効果が奏される場合には、架橋される旨が明示されていることが認められることを挙げている。

しかし、右特許公報類における発明は、いずれも、架橋を構成要件とする発明であって、架橋による効果を謳(うた)うものであるから、明細書中に架橋とその効果の記載があるのは当然である。これに対し、本件発明は、架橋することを必須の構成とするものではなく、その有無を問題としない発明であるから、周知、慣用の技術にすぎない架橋やその効果についてとりたてて記載をしなかったにすぎない。

この点について、被控訴人らは、架橋の方法・程度は対象とする高分子化合物の性状に応じて多様であるから、これらを何ら特定しないままに、本件発明の構成要件①の「低密度ポリエチレン」が架橋低密度ポリエチレンを含み、構成要件②の「エチレン酢酸ビニル共重合体」が架橋エチレン酢酸ビニル共重合体を含むとの控訴人らの主張は、技術的に誤りである旨主張する。

しかし、架橋の方法・程度は、対象とする高分子化合物の性状に即して当業者ならば適宜に決定し得る事項にすぎないから、被控訴人らの右主張は失当である。

(5) 被控訴人らは、控訴人昭和電工株式会社が、本件特許出願後に、架橋技術を含む技術を別出願として特許出願していることを挙げ、このことが、架橋されたものが本件発明の構成要件①、②を充足しないとみるべき根拠になると主張する。

しかし、同控訴人の右発明は、その中間層が直鎖状低密度ポリエチレンである点において、本件公報の特許請求の範囲2(その中間層はゴム類に分類されるエラストマーである。)と構成が異なる。また、同控訴人の後願発明の目的は一二五℃以上の熱に耐える医療用袋を提供することであるのに対し、本件発明では、滅菌温度としては明細書に一二一℃よりも高い温度の記載はないから、後願発明は、本件発明とは目的、効果を全く異にしている。したがって、同控訴人による右発明の出願は、何ら被控訴人ら主張のような意味を有するものではない。

(二) 医療用袋の耐熱性について

原判決の前記判断は、非架橋低密度ポリエチレンの耐熱温度が一〇五℃程度、非架橋エチレン酢酸ビニル共重合体の耐熱温度が八〇℃程度であるのに対して、イ号袋及びロ号袋は、一一五℃×三〇分及び一二一℃×二〇分の高圧蒸気滅菌に対しても十分な耐熱性を示すことを重要な論拠としている。

(1) しかし、乙第一六号証の一(添付資料3)には構成要件①の「密度〇・九三〇グラム/立方センチメートル以下」を満足するポリエチレンの融点が一一七℃であることが記載されているから、原判決の右認定は誤りである。原判決が、右認定の根拠とする乙第五三号証記載の耐熱性が一〇〇℃ないし一〇五℃とされているポリエチレン製ブローボトルは、製造工程における成形により、一部にひずみが残った状態で固化されているため、加熱によりこのひずみが残った部分が残存応力によって急激に変形することから、耐熱性が低いとされたものにすぎない。

本件発明による袋は、成形において延伸がほとんど行われず、柔軟であるため、残存応力が小さいことから、右のような現象は生ぜず、耐熱性は一〇五℃より相当に高い。

(2) そもそも、本件発明は、その特許請求の範囲から明らかなように、滅菌温度を発明構成の必須要件として特定した発明ではない。本件公報に「高圧蒸気滅菌の条件としては特に限定される訳ではないが通常115℃×30min、121℃×20min等である。」(4欄3行ないし5行)と記載されていること、実施例に記載されている耐熱温度の実験が右例示の最高温度ではなく「115℃×30min」という条件で行われていることからすれば、本件特許発明の「耐熱性」とは「滅菌処理温度に応ずる耐熱性」のことをいうと解するべきである。すなわち、医療用袋は封入される薬液等の性状に即した耐熱性を有していればよいのであって、例示されている一一五℃×三〇分、一二一℃×二〇分の条件下で耐熱性を示すことが常に求められるわけではないのである(例えば、点滴に多用されるアミノ酸含有輸液の滅菌は通常一〇五℃以下で行われているから、架橋したことにより得られる高い耐熱性は、被控訴人らの医療用袋には、本来必要のないものである。更に高い耐熱性が必要なときには、低密度ポリエチレンを「密度〇・九二〇グラム/立方センチメートル以上」(本件明細書3欄4行)にしたり、架橋を含む変性を施したりすればよい。)。

(3) 被控訴人らは、本件発明は、耐熱性に劣るエチレン酢酸ビニル共重合体の外側を耐熱性に優れた低密度ポリエチレンで覆うことによって医療用袋の耐熱性を向上させることを、その技術的思想とするものであるから、架橋によってエチレン酢酸ビニル共重合体自体の耐熱性が改善されてしまえば、本件発明を本件発明たらしめている右技術的思想自体が無意味に帰する旨主張する。

しかし、本件発明は、耐熱性を最も重要と位置づけたものではなく、エチレン酢酸ビニル共重合体層をポリエチレン層で挟む三層構造をとることによって、医療用袋の耐熱性と同時に透明性、柔軟性、衛生性をもバランスよく併せ持たせることを企図したものである(低密度ポリエチレンは衛生性、耐熱性に優れているが柔軟性が劣るのに対して、エチレン酢酸ビニル共重合体は、透明性、柔軟性に優れているが耐熱性が劣っている。)。イ号袋及びロ号袋は、架橋エチレン酢酸ビニル共重合体が耐熱性はあっても薬液を吸着する等、衛生性や透明性に関する大きな欠点があったので、本件発明と同じ三層構造を採用することによって、右問題を解決したものである。すなわち、本件発明もイ号袋及びロ号袋も、ともに「衛生性に優れ柔軟性に富み、透明性を有しさらに滅菌処理温度に応ずる耐熱性を備えた積層体からなる医療用袋を提供」することを目的とし、「各層透明であり、内外層により衛生性、滅菌処理に適する耐熱性及びヒートシール性を有し、中間層により柔軟性及び内外層との接着性を有し、従来の軟質の袋の特性を保持しながら従来の材料であるポリ塩化ビニルの可塑剤の内容液への移行、塩化ビニルモノマーの毒性等の問題を解消するという」従来の単層の医療用袋にみられない作用効果を奏する点において同じである。

したがって、耐熱性だけを殊更取り出して行う被控訴人らの右主張は失当である。

2  低密度ポリエチレンの定義について

被控訴人らは、日本薬局方の記載を援用して、少なくとも医療用袋に関しては、「ポリエチレン」の用語はエチレンの単一重合体を指し、他の高分子化合物との共重合体を含まないから、イ号袋及びロ号袋の内外側部(エチレン酢酸ビニル共重合体)は、構成要件①の「低密度ポリエチレン」に当たらない旨主張する。

しかし、医療用袋の素材だからといって、それが必ず薬局方の記載の基準に適合しなければならないという理由はない。一般的な用語例及び当技術分野における技術常識からすれば、エチレンの単独重合体のみならず、エチレンに一定割合の「酢酸ビニル」が共重合した「エチレン酢酸ビニル共重合体」も、「ポリエチレン」の範疇に含まれることは常識であり、本件発明に係る願書に添付した明細書(以下「本件公報」を右明細書の意味で用いることがある。)も、そのような技術常識に基づいて記述されている。例えば、日本工業規格(JIS K6748)のポリエチレン成形材料の定義(甲第三号証)では、「ポリエチレンとは、エチレンの単独重合体、エチレンと5モル%以下の1ーオレフィン単量体との共重合体及びエチレンと官能基に炭素、酸素及び水素原子だけをもつ1モル%以下の非オレフィン単量体との共重合体をいう。」とされており(なお、酢酸ビニルは「官能基に炭素、酸素及び水素原子だけをもつ非オレフィン単量体」であり、「1モルパーセント」は、ほぼ三重量パーセントである。)、右定義によれば、酢酸ビニルが三重量パーセント以下のエチレン酢酸ビニル共重合体は「ポリエチレン」に含まれる。イ号袋の構成Aのエチレン酢酸ビニル共重合体は、酢酸ビニル含量が二・五重量パーセント以下であるから、右定義の下でポリエチレンに該当する。また、「プラスチック読本」(甲第四号証)及び「プラスチック事典」(甲第二六号証)には、エチレン酢酸ビニル共重合体のうち酢酸ビニルの含量が七重量パーセント以下のものはポリエチレンの改質樹脂として扱われることが記載されている。ロ号袋の構成aのエチレン酢酸ビニル共重合体の酢酸ビニル含量が三・九重量パーセント以下であることは被控訴人も認めるところであるから、ポリエチレンの改質樹脂に該当する。ポリエチレンの改質品も、本件公報にいう「変性」したものとして、本件発明のポリエチレンに含まれる。

この点について、被控訴人らは、本件公報には医療用袋に使用される低密度ポリエチレンがJISあるいは「プラスチック読本」等の刊行物に記載されているポリエチレンの定義と同一である旨の記載が存在しない旨主張する。しかし、用語を普通の意味に用いるとき、特にその旨を記載することは必要でない。普通の意味以外の意味で用いるときにこそ、明細書にその旨の記載を要するのである。被控訴人らの右主張は失当である。

3  ロ号袋の内外側部の密度について

被控訴人らは、ロ号袋の内外側部の密度が〇・九三二グラム/立方センチメートルであると主張する。しかし、控訴人らが被控訴人の販売するロ号袋の製品を入手し、その内外層を切削して直接分析した結果、その内外層はいずれも〇・九三〇グラム/立方センチメートルであることが確認された(甲第一四号証)。被控訴人らの右主張は失当である。

4  イ号袋、ロ号袋が「積層体」に当たるか否かについて

被控訴人らは、イ号袋、ロ号袋はシート全体が架橋されて一体的な網目構造体になっているため、剥離することが不可能であるから、「積層体」ではないと主張する。

しかし、イ号袋もロ号袋も、中間部の合成樹脂がこれと異なる性質の内外側部によって挾まれた三層構造の積層体であることは明らかである。仮に、袋を構成する各層に、相互間の架橋によって結ばれている部分があるとしても、そのような部分はごく少ないうえ、それぞれの層は、酢酸ビニルの含量が大きく異なるなど、明らかに性質を異にしており、明確に区別できる層として存在している。完成された積層体の各層が剥離できるかどうかなどは、本件発明の問うところではない。なお、念のため、控訴人昭和電工株式会社がロ号袋について実験したところ、層間で容易に剥離が生じることが確認された(甲第三七号証)。被控訴人らの右主張は失当である。

5  特許無効の主張について

被控訴人らは、本件発明にかかる特許が無効である旨主張する。しかし、特許庁は、右特許についての無効審判において特許を有効と判断し、右審決の取消訴訟においても、特許は有効とされ、請求は棄却されている。

二  当審における被控訴人らの主張の要点

1  原判決の判断について

(一) 本件発明の構成要件①及び②の解釈について

控訴人らは、本件発明の構成要件①の「低密度ポリエチレン」が架橋低密度ポリエチレンを含み、構成要件②の「エチレン酢酸ビニル共重合体」が架橋エチレン酢酸ビニル共重合体を含むことは当然であるのに、これを含まないとした原判決の判断は誤っている旨主張する。

(1) 高分子化合物は、架橋により分子構造が変化して物理的・化学的に別異の性質を示すようになる物質であって、このことは控訴人らが援用する刊行物にも明快に示されている。それにもかかわらず、本件公報には、本件発明の特許請求の範囲にはもとより、どこにも低密度ポリエチレンあるいはエチレン酢酸ビニル共重合体を架橋すること、あるいは架橋によってもたらされる作用効果については何らの記載も存在しないのである。このような状況の下で、本件発明の構成要件①及び②に架橋が施されたものが含まれるという解釈はあり得ない。

(2) 控訴人らは、原判決が、「架橋ポリエチレン」は「ポリエチレン」でないとみるべきことの根拠として、専門書において、架橋ポリエチレンは、ポリエチレンとは別の項目を立てて記載されていることが多いという事実を挙げていることを論難する。しかし、専門書において別項目を立てていのは、そのようにするだけの理由があってのことであり、決して理由なくしているわけではない。すなわち、物質の総称や名称を概念に分けて説明するに値するほどに異なる物質であるからこそ、別項目とするのである。したがって、右専門書の記載を文言解釈の根拠としても不当ではない。控訴人らは、右専門書は、説明の便宜上、別項目を立てているにすぎないと主張するが、何の「説明」の便宜なのか不明である。

(3) 控訴人らは、本件特許出願当時、高分子化合物に架橋を施すことによって耐熱性等を向上させることは周知、慣用の技術であったから、本件公報にいう「変性」には架橋による変性も含まれる旨主張する。

しかし、架橋という現象自体は化学反応として知られてはいるものの、架橋の方法・程度は、対象とする高分子物質の性状に応じて多様であり、一義的に定まらないから、これらを何ら特定しないままに、本件公報における「変性(中略)してもよい」という一語が架橋をも意味するとして、本件発明の構成要件①の「低密度ポリエチレン」が架橋低密度ポリエチレンを含み、構成要件②の「エチレン酢酸ビニル共重合体」が架橋エチレン酢酸ビニル共重合体を含むとする控訴人らの主張は、技術的に誤りである。

このことは、医療用袋の製造に架橋を使う技術が多数出願され、そのうちの一部は、それぞれ別発明として特許が付与されていること、すなわち、架橋により耐熱性を上げるという効果が同じでも、そのための構成が異なれば、それぞれ別個の特許権として成立することからも明らかである。

(4) 控訴人昭和電工株式会社は、本件発明の特許出願の約九年後に、本件公報の特許請求の範囲2と同一の技術的事項について、低密度ポリエチレンが架橋低密度ポリエチレンであること及びエチレン酢酸ビニル共重合体が架橋エチレン酢酸ビニル共重合体であることを特徴とする発明について特許出願を行っており(乙第一〇号証)、その願書に添付された明細書において本件公報を引用して、本件発明の医療用袋の耐熱性が劣るという問題点を指摘したうえで、乙第一〇号証の発明は架橋により耐熱性に関する問題点を改良したものであるとしている。また、同控訴人は、本件発明の特許出願後である昭和六〇年出願に係る特許出願の願書に添付された明細書(乙第一一号証)において、本件発明について、「エチレンー酢酸ビニル共重合体、高圧法低密度ポリエチレン、(中略)を中間層に用いた医療用袋が提案されている(特開昭五八ー一六五八六六号)が、(中略)これらのポリマーは耐熱性が乏しい。一般に熱滅菌処理ですべての雑菌を死滅させるのに一二一℃以上の温度において処理しなければならないが、この熱滅菌処理を行なうことが不可能である。」旨記載している。これは、控訴人昭和電工株式会社自身、本件発明が架橋されたものを含まないことを認識していることの表われというべきである。

(二) 医療用袋の耐熱性について

(1) 控訴人らは、乙第一六号証の一には低密度ポリエチレンの融点が一一七℃であることが記載されているから、非架橋低密度ポリエチレンの耐熱温度を約一〇五℃とした原判決の認定は誤りであり、そもそも、医療用袋は封入される薬液等の性状に即した耐熱性を有しておればよいのであって、「一二一℃×二〇分」の条件下で耐熱性を示すことが常に求められるわけではない旨主張する。

しかしながら、高分子化合物の耐熱温度は変形温度より一〇℃低い温度とするのが相当であるから(合成樹脂加工品品質表示規定参照)、非架橋低密度ポリエチレンの耐熱温度を約一〇五℃とみることには合理性がある。また、日本薬局方が高圧蒸気法による滅菌の最も標準的な条件を一一五℃×三〇分、一二一℃×二〇分、一二六℃×一〇分と定めていること(乙第二二号証 Bー五七二頁)からも明らかなように、医療用袋は最低でも一一五℃×三〇分の高圧蒸気滅菌処理に耐えることが必要であると解すべきであるのに、本件発明の実施品はこの最低の耐熱性をも有しておらず、実用に耐えないものである。

(2) 本件発明は、耐熱性に劣るエチレン酢酸ビニル共重合体の内外側を耐熱性に優れた低密度ポリエチレンで覆うことによって医療用袋の耐熱性を向上させることを、その技術的思想とするものであるから、架橋によってエチレン酢酸ビニル共重合体自体の耐熱性が改善されてしまえば、本件発明を本件発明たらしめている右技術的思想自体が無意味に帰する(本件公報第1表において「EVA」を単独で用いた比較例3が耐熱性不良とされていることは、本件公報において使用されている「エチレン酢酸ビニル共重合体」が「非架橋エチレン酢酸ビニル共重合体」であることを明らかに示している。ちなみに、被控訴人テルモ株式会社は、架橋エチレン酢酸ビニル共重合体のみから成る医療用袋を本件発明の特許出願前に製造販売していた。)。

この点について、控訴人らは、本件発明は医療用袋の耐熱性の改善と同時に透明性、衛生性、柔軟性等の改善をも企図するものであるから、耐熱性だけを取り出して論ずるのは誤りである旨主張するが、耐熱性は、滅菌処理を不可欠とする医療用袋にとって最低限の条件であって、これを実際の使用に当たっての便宜に関わるにすぎない柔軟性等と同列に論ずることは失当である。

(3) 控訴人らは、イ号袋及びロ号袋が本件発明と同一の目的及び作用効果を有している旨主張する。

控訴人らの右主張によれば、本件発明は、単体それ自体では透明性、衛生性、柔軟性、耐熱性をバランスよくは備えていない樹脂を、三層構造にして用いることで、右各特性をバランスよく備えた医療用袋を得ることを、その目的及び作用効果としていることになる。しかし、イ号袋及びロ号袋は、それを構成する各樹脂に右のような欠点は存在しないから、欠点を補完しあってバランスを得るという本件発明と同一の作用効果を備えているなどということはあり得ない。また、イ号袋及びロ号袋の耐熱性は内外側部及び中間部が架橋されていることにより達成されているのに対し、本件発明の耐熱性は、外層の低密度ポリエチレンの耐熱性に依存していることが明らかであるから、両者では、発明の課題を解決する原理が異なる。さらに、本件発明の構成では、一二一℃×二〇分はもちろん、本件発明の効果とされている一一五℃×三〇分の滅菌処理に対する耐熱性も得られないから、これらが得られるイ号袋及びロ号袋について、その効果が本件発明の効果と同じであるということはあり得ない。

2  低密度ポリエチレンの定義について

本件発明の構成要件①によれば、本件発明に該当するためには、内外層が「低密度ポリエチレン」から成っていなければならない。そして、ポリエチレンの用語は、第十改正日本薬局方解説書1981の「42.輸液用プラスチック容器試験法」に、「使用されるプラスチックの種類は、(中略)ポリエチレン(以下PE)、ポリプロピレン(以下PP)及びポリ塩化ビニル(以下PVC)の三種に限定された。したがって今後これ以外の合成樹脂あるいはこれらとの共重合体ですぐれた材質のものが開発されたときには、(中略)個別に追加されることになる。」(Bー三〇九頁注一)と記載されているとおり、少なくとも医療用袋に関しては、エチレンの単一重合体のみを指し、他の高分子化合物との共重合体は指さないものである。他方、イ号袋及びロ号袋の内外層はエチレン酢酸ビニル共重合体から成るものである。そうである以上、架橋の有無を問うまでもなく、イ号袋の構成A及びロ号袋の構成aは本件発明の構成要件①を充足しないことが明らかというべきである。

この点について、控訴人らは、JIS及び「プラスチック読本」等の刊行物の記載を援用して、イ号袋の構成A及びロ号袋の構成aのエチレン酢酸ビニル共重合体はいずれもポリエチレン(あるいはその改質樹脂)に該当すると解するのが相当である旨主張する。

しかし、本件公報には医療用袋に使用される低密度ポリエチレンがJISあるいは「プラスチック読本」等の刊行物に記載されているポリエチレンの定義と同一である旨の記載は存在せず、また、それが当業者の技術常識であるというわけでもないから、控訴人らの右主張は失当である(ちなみに、控訴人らの主張によれば、酢酸ビニルの含量が三重量パーセントを越え七重量パーセント以下のエチレン酢酸ビニル共重合体を医療用袋の内外層に使用すると、JISによれば本件発明の要件を満足しないが、「プラスチック読本」等によれば本件発明の要件を満足することになり、明らかに不合理である。)。

3  ロ号袋の内外側部の密度について

控訴人らが、イ号袋及びロ号袋の密度測定のため用いた方法は、試験片を形成するのに切削くずを加熱されたプレスに入れて成形するというものである。右方法は、架橋されていないポリエチレンのような完全に溶融する物質を前提にした手法であり、完全には溶融しない物質に適用しても正しい結論が期待できないものである。ところが、イ号袋及びロ号袋は、架橋エチレン酢酸ビニル共重合体でできており、ゲル化しているので完全には溶融しないから、右の試験法を単純に試みても、正しい結論を導くことはできない。

4  イ号袋、ロ号袋が「積層体」に当たるか否かについて

本件発明の「積層体」とは、積み重ねられてできた三層構造のことである。これに対し、イ号袋及びロ号袋は、エチレン酢酸ビニル共重合体の分子が、架橋によって、内外側部と中間部を越えて一体的に、しかも三次元的網目構造でつながっているものであって、内外側部と中間部を積み重ねたものではない。控訴人らの剥離試験は、内外側部と中間部の溶媒に対する膨潤度の違いが大きくなるような条件を選んで行った、剥離を強引に生じさせることを意図した恣意的な試験であるから、内外側部と中間部のつながりを観察するには不適当な試験法である。

5  特許無効の主張について

本件発明にかかる特許は、次のとおり無効理由が存在することが明らかであるから、控訴人らの請求は権利の濫用に当たり許されない。

(一) 発明未完成を理由とする特許の無効

本件発明は、少なくとも一一五℃×三〇分の高圧蒸気滅菌に耐えうる耐熱性を有することを重要な目的、効果とするものである。ところが、明細書記載の実施例を追試しても、右の高圧蒸気滅菌に耐える医療用袋は得られない。したがって、本件発明は、未完成の発明である。

(二) 公知公用の技術の存在(進歩性欠如)を理由とする特許の無効

三層構造の積層シートの作成は、本件特許出願時において当業者にとって周知慣用の技術であった(乙第六〇号証)。また、三層構造の積層シートからなる輸液用袋も公知であった(乙第一八号証)。さらに、低密度ポリエチレン及び酢酸ビニル共重合体による三層構造のシート自体及びそのシートを用いた水充填用袋並びに当該三層構造において各種の選択により望ましい特性のシートを得られることも、当業者に周知の技術であった(乙第二七号証)。

したがって、本件特許出願時において、ある目的を達するためにどのような樹脂を選択して三層構造のシートを製造するかは、ほとんど袋用シート製造者の設計事項に属する程度のことになっていたと評価できるから、本件発明は既存の公知公用の技術の組み合わせにすぎず、進歩性に欠けるものである。

第三当裁判所の判断

当裁判所も、控訴人らの本訴請求は、いずれも理由がないので棄却すべきであると判断する。その理由は、次のとおり付加するほか、原判決の理由(二七頁四行ないし四三頁二行)と同一であるから、これを引用する。

一  構成要件①、②の解釈及び耐熱性について

1  控訴人らは、高分子化合物に架橋を施しても、架橋部分を除けば、分子構造に変化はないから、架橋されない低密度ポリエチレンは、架橋された後も依然として低密度ポリエチレンであり、架橋されないエチレン酢酸ビニル共重合体は、架橋された後も依然としてエチレン酢酸ビニル共重合体であると主張する。

架橋されていない高分子化合物とそれが架橋された後の高分子化合物との関係につき、文献でどのように扱われているかについてみると、証拠(甲第三九ないし第四三号証、乙第三四号証)によれば、多くの国内外の技術文献においては、架橋ポリエチレンはポリエチレンの一種として説明されていることが認められる(なお、控訴人らは、医療分野において、非架橋エチレン酢酸ビニル共重合体と架橋エチレン酢酸ビニル共重合体とが別物質と認識されていないと主張するが、右主張の根拠とされる医療用プラスチック容器に関する文献(甲第五六、第五七号証、乙第三六号証)は、いずれも、主として薬剤の吸着性の問題について、実際に販売されている医療用袋を用いて実験した結果が記載されているもので、素材の架橋の有無が意識されているとはいえないうえ、医療用プラスチック容器の耐熱性を含む諸特性につき記載した文献(乙第五三号証)においては、「架橋」された旨が明示されていることが認められるから、前記各証拠から、直ちに控訴人らの右主張事実を認めることはできない。)。

また、証拠(甲第一六ないし第一九号証、第二三号証、第三三、第三四号証、第三六号証の一ないし六、第三八号証、第四七号証の一、二、第四八、第四九号証、乙第九号証)によれば、本件特許出願当時、技術文献や辞典において高分子化合物に架橋を施してその特性に変化を生じさせる(その中に耐熱性を向上させることも含まれる。)ことが記載されていたこと、このような架橋技術を内容とする複数の公開特許公報が公開されていたことが認められ、右事実によれば、ポリエチレンやエチレン酢酸ビニル共重合体等の高分子化合物に架橋を施すことによって、その特性に変化を生じさせる(その中に耐熱性を向上させることも含まれる。)ことは、本件特許出願当時、周知の技術であったということができる。

本件公報には、低密度ポリエチレンやエチレン酢酸ビニル共重合体を、「前記特性に実用上支障をもたらさない範囲で」、「変性」してもよい旨の記載がある。そして、証拠(甲第五、第三八、第四五、第四六号証、第四七号証の一、二、第四八ないし第五一号証)によれば、変性とは、英語の「modification」と同義であるとされていること、外国文献ではポリエチレンの放射線変性(radiation modification of polyethylene)の表題や、「架橋によるポリエチレンの変性(modification of polyethylene by crosslinking)」の表題等で架橋(crosslinking)技術について説明したものがあることが認められ、右事実によれば、「変性」の語は「架橋」をも含む概念として用いられることがあると認めることができる。

2  控訴人らは、右1の事実によれば、本件公報に本件発明の構成要件①、②から架橋されたものが排除されるとの記載がない以上、構成要件①の「低密度ポリエチレン」及び構成要件②の「エチレン酢酸ビニル共重合体」には、架橋されたものが含まれると解するべきである旨主張する。

しかしながら、右1の事実を総合しても、構成要件①、②に架橋されたものが含まれると解することはできない。その理由は、以下のとおりである。

(一) 高分子化合物の架橋による効果は、放射線の照射等によって生じる橋かけ点の数によって決まり、橋かけ点の数が多くなると、分子構造は網目状になり、分子量は飛躍的に増大して、例えば、溶媒に溶解しにくくなり、融点以上に加熱しても流動することがなく、耐熱性が増大するというように、架橋により高分子化合物の物理的、化学的性質は大きく変化するものであって、右架橋の効果は、対象となる物質や放射線の照射線量等によって異なることが認められる(甲第一九、第三五号証、乙第九号証、弁論の全趣旨)。すなわち、ひとくちに架橋といっても、その方法にも効果にも様々なものがあり、その内容は一義的に定まるものではない。このことは、これまで、様々な架橋技術を用いた発明が多数特許出願され、その特許公開公報には、特定の効果との関係で、架橋する旨及び架橋の方法が明記されていることからも明らかである(甲第一六ないし第一八号証、第三六号証の一、二、乙第一〇号証)。

右のとおり、高分子化合物に架橋を施すことによって、その特性に変化を生じさせる(その中に耐熱性を向上させることも含まれる。)こと自体は周知の技術であったとはいえても、具体的な架橋の方法、程度と、それによって生ずる具体的効果(諸特性の変化)までが周知であったとは到底いうことができない。

控訴人らは、架橋の方法、程度は対象物の性状に即し当業者ならば適宜に決定し得る事項にすぎないと主張するが、右に述べたところに照らし、採用できない。

(二) 架橋による耐熱性の改善の効果は、医療用袋に不可欠な滅菌処理(日本薬局方においては、高圧蒸気法による滅菌は、通例一一五℃×三〇分、一二一℃×二〇分の条件下で行われるとされており、本件公報でも右条件が例として明示されている。)の場面において、大きな性能の差異をもたらす。

すなわち、非架橋低密度ポリエチレンは一〇五℃程度、非架橋エチレン酢酸ビニル共重合体は八〇℃程度と、いずれも右滅菌条件を下回る温度の耐熱性しか有さず(なお、控訴人らは、乙第一六号証の一(添付資料3)によれば、密度〇・九三〇グラム/立方センチメートルの非架橋低密度ポリエチレンの融点が一一七℃であることが認められるから、原判決が、非架橋低密度ポリエチレンの耐熱温度を一〇五℃程度と認定したことは誤りである旨主張する。しかし、同号証によれば、右の低密度ポリエチレンのビカット軟化温度(プラスチック材料が容易に変形し始める温度)は、一〇七℃であることが認められる。また、乙第三ないし第七号証によれば、低密度ポリエチレン(密度〇・九二七グラム/立方センチメートル)の融点は一一〇℃ないし一一四℃、ビカット軟化温度は八八℃ないし一〇一℃であることが認められる。右認定の非架橋低密度ポリエチレンのビカット軟化温度(八八℃ないし一〇七℃)によれば、原判決が非架橋低密度ポリエチレンの耐熱温度を一〇五℃程度と認定したことは誤りではない。控訴人らは、原判決が耐熱温度の認定の根拠とした乙第五三号証は変形しやすい製品の耐熱温度を記載したもので、実際の耐熱温度は一〇五℃よりかなり高い旨主張するが、右認定事実に照らし採用できない。)、また、本件公報における非架橋低密度ポリエチレン及び非架橋エチレン酢酸ビニル共重合体を使用した実施例1、4についての一一五℃×三〇分の条件下での追試結果(甲第一一号証の一、二)によれば、実施例1、4の袋は、前記条件による滅菌処理に適する耐熱性を有しなかったと認められるのに対し、架橋エチレン酢酸ビニル共重合体を素材とするイ号袋及びロ号袋は一二一℃×二〇分の高圧蒸気滅菌に対し十分な耐熱性を有する。

控訴人らは、本件発明は、衛生性、透明性、柔軟性、耐熱性をバランスよく併せ持たせることを企図しており、前記滅菌条件下での耐熱性を示すことは必須の条件ではないから、右条件下での本件発明の実施例(架橋されていない。)とイ号袋及びロ号袋(架橋されている。)との耐熱性の違いは、架橋の有無と構成要件①、②との関係を論ずるうえで重要でない旨主張するが、採用できない。

確かに、本件公報の発明の詳細な説明の記載によれば、本件発明は、医療用袋に必要な衛生性、柔軟性、透明性、耐熱性を同時に併せ持つことを企図したものであり、決して耐熱性の向上のみに目を向けたものではないことが明らかである。そして、また、医療用袋に求められる複数の性質のどの一つをとっても、それが決定的に劣っているものに医療用袋としての価値を認めることができないことは明らかであるから、これは自然に理解できることである。

しかし、どの程度の耐熱性を有するか、特に、前記条件による滅菌処理に対する耐熱性を有するか否かは、医療用袋にとって極めて重要な要素であることはむしろ自明というべきである。控訴人らは、通常の滅菌においては、前記の高い温度条件は不要である旨主張するが、仮に、右温度条件を満たさない条件により滅菌が可能な場合があるとしても、そのことは、右耐熱性の有無が医療用袋にとって重要な要素であることを何ら否定するものではない(現に、控訴人昭和電工株式会社が特許出願した医療用袋の特許公開公報(乙第一〇号証)にも、「滅菌温度を一二五℃と高くしても変形」しない医療用袋を提供することを目的とすることが明示されているのである。)。

医療用袋において、このように重要性を有する耐熱性につき、しかも、それ自体は架橋によって改善されることが周知となっている状況の下で、本件公報が、架橋によって改善することに少なくとも具体的には何ら言及することをしないままに、耐熱性の向上に係る技術としては、耐熱性に劣るエチレン酢酸ビニル共重合体の層を、エチレン酢酸ビニル共重合体に比べて耐熱性に優れる低密度ポリエチレンで挟む三層構造とすることのみを呈示し、かつ、実施例としても、耐熱性の点では決して優れているとはいえない架橋されていないもののみを挙げているとき、そこに、架橋による耐熱性の向上という周知技術を応用したものが開示されているとみることに合理性を認めることは、極めて困難というべきである。本件公報の右記載状況は、本件発明においては、耐熱性の向上を架橋により実現することは、何らかの理由(この理由の一つとしては、耐熱性を向上させつつ、しかも、医療用袋に求められる他の諸特性に悪影響を及ぼさない架橋技術の発見の困難が考えられる。)により放棄されていると考えないと、理解することがほとんど不可能だからである。

(三) 結局のところ、本件公報の記載及び弁論の全趣旨によれば、本件発明は、医療用袋について、透明性、柔軟性に優れているが耐熱性に劣るエチレン酢酸ビニル重合体の層を、衛生性、耐熱性に優れているが柔軟性に劣る低密度ポリエチレンで挟む三層構造をとることによって、透明性、柔軟性、衛生性、耐熱性といった各特性をバランスよく併せ持たせることを企図したものと認められる。ところが、中間層のエチレン酢酸ビニル共重合体に架橋されたものが含まれると解すると、中間層も耐熱性を備えたものになり、内外層により中間層の耐熱性の欠点を補う必要性がなくなるため、本件発明において三層構造をとる意味を見い出すことが困難になる。すなわち、柔軟性の観点からは、柔軟性に劣る低密度ポリエチレンで耐熱性、柔軟性に優れた架橋酢酸ビニル共重合体を覆うことは、かえって、柔軟性を阻害することになる。また、衛生性、透明性については、本件公報では、従来のガラスやポリ塩化ビニル等の素材との比較で優れていることが記載されているのみであり、三層構造をとることによってこれらの点を改善したとの記載はない。控訴人らは、エチレン酢酸ビニル共重合体には薬液吸着等の衛生性、透明性についての欠点があるので三層構造をとることに意味がある旨主張するが、本件公報ではエチレン酢酸ビニル共重合体は透明性、柔軟性に優れている旨が記載されているのみで(3欄8行ないし11行)、衛生性、透明性に欠点があることは全く記載されていないから、本件発明が、エチレン酢酸ビニル共重合体につき、耐熱性の他に、右の課題があることを認識したうえで、本件発明によりその課題の解決を意図していたものとは認められない。

(四) 控訴人昭和電工株式会社は、平成三年に架橋技術を内容とする医療用袋の発明につき特許出願をし、その出願明細書中の従来技術の説明において、本件発明につき「柔軟性、透明性、衛生性などの点で、エチレンー酢酸ビニル共重合体、エラストマーなどのポリマーを中間層に用いた医療用袋が提案されている(特開昭五八ー一六五八六六)が、中間層に使われるこれらのポリマーは耐熱性が乏しいために滅菌時に袋にシワ状態が発生するなどの外観の劣る医療用袋が得られるなどの問題がある。」としたうえで、「低密度ポリエチレンを内外層としエチレンと1ーオレフィンとの共重合体を中間層とする積層体からなる医療用袋を架橋率二〇%以上となるように架橋させたことを特徴とする医療用袋」を構成とする発明を提案している(乙第一〇号証)。また、同控訴人は、昭和六〇年に医療用袋の発明につき特許出願をし、その出願明細書の従来技術の説明においても、本件発明につき、「柔軟性、透明性、衛生性などの点で、エチレンー酢酸ビニル共重合体、高圧法低密度ポリエチレン、エラストマーなどのポリマーを中間層に用いた医療用袋が提案されている(特開昭五八ー一六五八六六号)が、中間層に使われるこれらのポリマーは耐熱性が乏しい。一般に熱滅菌処理ですべての雑菌を死滅させるのに一二一℃以上の温度において処理しなければならないが、この熱滅菌処理を行うことが不可能である。」としている(乙第一一号証)。

右によれば、同控訴人の右各出願担当者も、少なくとも、本件発明にかかる医療用袋の中間層に用いられている「エチレン酢酸ビニル共重合体」には、架橋されたものが含まれないと理解していたことになる。この理解こそが、本件公報の正当な理解であるというべきである。

(五) 控訴人らが「変性」の用語について主張するところによっても、「変性」の語が一般的用法として「架橋」を含むことがあり得るということが根拠付けられるにすぎず、常に前者が後者を含む意味で用いられることまで裏付けられるものではない。

3  その他、本件全証拠を検討しても、本件発明の構成要件①の「低密度ポリエチレン」が「架橋低密度ポリエチレン」を、構成要件②の「エチレン酢酸ビニル共重合体」が「架橋エチレン酢酸ビニル共重合体」を含むとみることを正当化する資料は、見出すことができない。

二  以上によれば、本件発明の構成要件①の「低密度ポリエチレン」は非架橋低密度ポリエチレンを、構成要件②の「エチレン酢酸ビニル共重合体」は非架橋エチレン酢酸ビニル共重合体を、それぞれ意味するものというべきであり、イ号袋及びロ号袋の架橋エチレン酢酸ビニル共重合体はこれに該当しないから、その余の点について判断するまでもなく、控訴人らの請求はいずれも理由がないことが明らかである。

第四結論

よって、原判決は相当であるから、本件各控訴をいずれも棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法六七条、六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 阿部正幸)

<以下省略>

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